骨粗しょう症薬の一部で発生する薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)と抜歯・インプラントについて
2023年、薬剤関連顎骨壊死(MRONJ:Medication-related osteonecrosis of the jaw)について日本のポジションペーパー2023にて発表されました。前回は2016年で、その間の見識が蓄積され7年ぶりに更新されたことになります。
MRONJという用語は、以下の4つの用語を含んだものです。
BRONJ(bisphosphonate-related osteonecrosis of the jaw)
DRONJ( denosumab -related osteonecrosis of the jaw)
ARONJ( antiresorptive agent-related osteonecrosis of the jaw)
MRONJは2005年頃から歯科臨床の場で取り上げられるようになった、比較的新しい疾患です。
MRONJは当初わかったビスフォネート(BP)製剤による顎骨壊死(ONJ)ということでBRONJと名付けられました。その後 デノスマブ製剤でも関連が明らかになりデノスマブのDをとってDRONJが、ビスフォネート製剤やデノスマブの薬剤機序である吸収抑制のAをとってARONJが、その他の原因薬剤も発見され広く薬剤関連のMをとってMRONJという名前が生まれています。
MRONJとは
ある種の薬の使用と関連して、顎骨に壊死が起こる疾患です。顎骨壊死とは顎の骨が腐って死んでしまう疾患です。
ある種の薬とは何の薬?
一部の骨粗しょう症の薬と一部の癌治療薬などです。
骨粗しょう症とは骨が弱くなり、骨折しやすくなる疾患で、高齢化に伴い近年増加傾向にあります。
日本では現在1300万人以上が罹患しており、女性に多く特に閉経後の女性のホルモンバランスの変化と関係しています。
特に高齢者では、腰や足の骨などの骨折は、深刻な事態になり兼ねないことから、骨粗しょう症の改善、骨折を防止する目的で薬が使用されます。この薬は一部の癌患者にも有効です。
骨粗しょう症では低用量の薬剤が使用され、癌では主に高用量の薬剤が使用されます。
MRONJの原因となる薬剤 (注)薬品名は商品名
ビスホスホネート(BP)製剤
内服:ボナロン、フォサマック、ボンビバ、アクトネル、ベネット、リカルボン、ボノテオ
注射:ボナロン点滴静注、 ボンビバ静注、リクラクスト点滴静注、ゾメタ点滴静注
抗RANKL抗体製剤
プラリア、ランマーク
血管新生抑制薬
アバスチン
抗スクレロスチン抗体製剤
イベニティー
などです。
ところが・・・
これらの薬剤は骨粗しょう症や癌には非常に有効な一方で、まれに歯やインプラントの周囲や顎の骨を腐骨化させてしまうことがあります。これをMRONJ(薬剤関連顎骨壊死)とよびます。
万一MRONJが生じたら
一般に歯科医院であれば病院の歯科口腔外科へ紹介がなされ、画像検査などのもとにしかるべき処置がとられます。しかるべき処置とは抗菌薬の使用、患部の洗浄や掃除、腐骨摘出などです。多くはこの対応で治りますが、ひどい場合は症状が再発したり、腐骨化が顎の大部分に広がったり、顎骨の骨折に至る例も報告されています。
発症率は骨そしょう症患者では癌治療に比べ低い傾向に
日本でのある調査研究※1によると以下2つの発症率が示されています。
癌患者の高用量の薬剤使用はMRONJのリスクが高く、1.47%に発症(薬剤使用者15万5206名のうち2274名)。
骨粗しょう症患者への低用量の薬剤使用ではリスクが低く、0.06%に発症(薬剤使用者266万4,104名のうち1603名)。
薬剤使用量・これまでの投与期間の長さ・他剤との併用(ステロイド・免疫抑制薬・血管新生阻害薬)などはリスクを概ね高める傾向にあるようです。
なぜ顎で起こるの?
MRONJの発症には細菌感染が関与しています。口の中には常在菌がたくさん生息し、
歯やインプラントはちょうど生体の内と外の境界に植わっています。そういう特殊な環境が顎であるゆえに骨の細菌感染が起こり易く、MRONJが発症すると考えられます。
何がきっかけで起こるの?
これまでは抜歯や顎の外科処置がきっかけで起こると考えられていました。
しかし抜歯や外科処置をするのは歯に炎症があるケースがほとんどです。近年では、この炎症自体が原因であり抜歯を含む外科処置はMRONJを顕在化させるきっかけではないかと考えられています。
インプラント手術では抜歯など炎症由来の処置とは異なり、健康な顎骨に無菌のチタン製人工歯根を植える治療です。
その意味ではインプラント手術そのものによるMRONJ発症率は少ないのかもしれません。
骨粗しょう症患者への抜歯やインプラント治療する際には
できるだけMRONJを発症しないように心がけねばなりません。
治療に際しては、お口の中を十分に清掃し、清潔に保つことはMRONJの発症予防には有効です。
歯科では骨粗しょう症の状況と薬剤の使用状況を把握するために、薬剤を処方している医師や薬剤師と連携をとり情報共有を行います。その上で患者さんのメリット(感染源の除去、除痛、咀嚼機能回復)とデメリット(MRONJ発症リスクなど)を勘案の上で治療を行うのかを患者さんと一緒に判断します。
抜歯はせずに放置する考え方もありましたが、歯の炎症そのものがMRONJを呼び起こす原因になりうることから、炎症のある歯の抜歯は行うほうが良いという考えにシフトしつつあります。インプラント治療はインプラント以外に有効な治療手段がないかをまず検討した上で、リスクとベネフィットを勘案し必要に応じ選択するのが良いでしょう。
抜歯などの外科治療に際し骨粗しょう症防止薬剤の休薬は必要ないとされ、抜歯前の抗菌薬の予防投与は必要になります。
癌患者への抜歯やインプラント治療する際には
MRONJ関連薬剤の服用者には、投与量が高用量でMRONJの発症率がやや高いことから慎重な対応が必要です。
特にインプラント治療は極力避けるべきです。
骨粗しょう症患者への対応と同様、まずは処方している医師や薬剤師との連携と情報共有を行い、対応を慎重に考えます。
骨粗しょう症の薬を始める前に
これらの薬を使用する前に、医師の指示に従い必ず歯科医院でチェックを受けるようにしてください。
歯が沢山残っているから必ずしも安心というわけではありません。「近い将来危険信号に」といった状況は多々あります。歯が次々に悪くなり「歯を抜いては入れ歯を作る」の繰り返しだとリスクは高まります。先々で困らないよう安定した口腔内にしておくことが重要です。薬剤使用後に深刻な事態に・・・といったことだけは避けたいものです。
最後に
骨粗しょう症による骨折予防や癌の進行予防は大事なことです。
使用に際しては過敏になり過ぎることなく、医師の説明と指示をよく聞き、必要な薬は正しく使用するとよいでしょう。
永井歯科・矯正歯科では 入れ歯・インプラントの専門医院として インプラントや入れ歯についての情報をお届けしています。
兵庫県尼崎市にあります永井歯科・矯正歯科までお問い合わせください。
※1 Ishimura M et al J Oral Maxillofac Surg 80:714-727 2022
本記事は、薬剤関連顎骨壊死の病態と管理:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023と日本口腔インプラント学会での活動とで知り得た情報を元に、当院なりの意見を交えて2023年3月に記載したものです。